思い

「本当は、こんな人生を歩みたくなかった」

 

「本当にやりたい仕事は別にあったが、家族が理由で出来なかった」

 

「あの人と結婚したかったけど、今は違う人と一緒になってしまった」

 

「親のせいで、自分はこんな人間になってしまった」

 

「自分はこうしたかったけど、みんなに言えずに、ずっと合わせてきて苦しかった」

 

「大嫌いな人と一緒に仕事をしていて、苦しい」

 

「好きな人には家族がいた。もっと早く出会えればよかった」

 

「子供たちはどうして素直に育ってくれないのだろう。自分の育て方がまちがっていたのか」

 

「夫は、なぜ、自分の深い気持ちを汲みとってくれないだろう。これほど、苦しんでいることにすら気がついていない。」

 

「家族のためにやってきた。なのに、妻は気にも留めていない。ばかばかしい人生だ」

 

「あそこの家は、お金もあって、家族も仲良く、なんていいのだろう。自分は不幸だ」

 

「あの人から、こんなことを云われて、自分は心がかき乱された。あの時、なぜ、そんなことを云ったのだろう」

 

 

 

こうした思いはどこから来るのでしょうか?

 

これらの気持ちは、とてもよく分かります。

 

人は必ずこうした思いを重ねてしまう唯一の生き物だからです。

 

 

 

上記に挙げたような思いを持つ、根底にある気持ちは、おそらく

 

「自分がこうなった(こう思った)原因は、外にあるからだ」

 

という思いではないでしょうか。

 

 

辛く苦しい思いをすれば、人にあたりたくなるでしょう。

 

そして、「怒り」がわいてきます。

 

 

 

では、そう思わずに済むにはどうすればいいのか?

 

 

すべて起きていることの流れを「ご縁」ととらえ、感じます。

 

 

「こうなるしかなかった、ご縁の流れの中に、今ここがある」

 

 

あの時、ああすれば良かったのに

あの時、あんな事しなければよかった

 

そんな後悔は、あたまの中で思考を重ねている、どうにもならない「思い」の反復でしかありません。

 

 

人生は、TVゲームの様にはリセットできませんし、もし、出来たら価値がありません。

 

 

「今、ここ」を生きていないから、現実を見ようとしないから、過去への思いを引きずり、硬く思い鎧を着続けることになります。

 

 

人は、思考する生き物です。

初めは、感情が動き、その後、思考に変化していきます。

 

思考がめぐるようになると、自分が本来求めているものと違う方向へ向かいます。

 

 

思い切ったことをするとき、人は最初の思いで行動します。

 

 

最近ブログで書いてきた例の続きで書くとわかりやすいと思います。

 

例えば

「好き」という思いがあるから「好きです」という言葉になるのです。

それを受けた相手が

「好きです」と返してくれたら、両想い。受けとめてくれたと感じます。

 

でも、求めていた答えが返してもらえなかった時、人はまた、そこで「思い」の風船をふくらませて苦しみます。

 

別の方向に向かってしまえば、純粋な思いでいた「好き」もこわれて、やがて、想っていたはずの相手を壊してしまうこともあるでしょう。

 

 

自分が思うように動いていかないことは、現実にはたくさんあります。

 

 

なにがなんでも「こうしたい」「こうありたい」「こうあってほしい」

 

 

そうなると、風船は重くなります。

そして、空に浮かべたかった風船は、重く沈んでいきます。

 

その重さが重いほど、もう浮かべなくなってしまいます。

 

 

でも、大丈夫

 

 

それを見つめることが出来て、重しとなっていた自分の思いがほどけてしまえば、握りしめていた手を離せば、また、風船は浮かんで行ってくれます。

 

 

人はみな、自分の「思い」と「現実」の真っただ中を生きています。

 

起きている現実「ご縁の流れ」は、いつでもひとつの流れ

 

 

「今、ここ」

が、どうなのか

 

上手くいっているのか、いっていないのか

 

それは、自分自身が決めることが出来るのです。

 

 

 

言葉遊びはいらない

 

 

それぞれが精いっぱいの「今」を生きていく

 

 

多様性をもちながら、世界はすてきにひとつになります

 

 

なお、「思い」と「想い」成り立ちの違いを調べてみました。

 

【思】の漢字の成り立ち

⇒「田」は子供の脳の象形、「心」は心臓の象形。ふたつが合わさって「思」になる。脳と心で考えて感じていることの両方を意味する。

【想】の漢字の成り立ち

⇒「木」は樹木の木の象形、「目」は人の眼の象形、「心」は心臓の象形。この3つが合わさって「想」になる。目で見た木のような具体的なイメージを心に描くことを意味する。

最後に、
またまた、ハマっている秦基博さんのナンバーを
70億のピース

 

今日も世界中がHappyでありますように♪