しあわせの意味

毎日、寒いです。

 

暑がりの人、寒がりの人

 

それぞれ同じ地域で、同じ季節を感じながら生活をしていても、感じ方、解釈の仕方は異なります。

 

冬の寒い日に、

「この冬、もう寒くてたまらない。体も冷えて凍えそう。インフルエンザも風邪も胃腸炎も流行っていて、怖い。早く冬終わらないかしら。本当に嫌だわ」

 

「夏は脱いでも暑いけれど、冬は服を着ればいいので好き。おこた(炬燵)で、甘いミカンを食べながら読書なんて最高。外へ出ると空気が澄んでいて、心地いい。雪も降り過ぎなければ綺麗でいいな」

 

この会話、私の知り合いの女性の方おふたりに聞いた感想です。

夏が好き、冬が好き、というそれぞれの人に尋ねるとこのようなことを話されたのです。

 

同じ地域で暮らしていても、起きていることは変わらないのに、思う解釈は真逆に近い。

 

つまり、季節や外部の温度といった自分がコントロールできない領域では、喜ぶことと辛さを感じることは、すべて解釈により変わるということになります。

起こっていることに、意味づけをしているのは、いつだって、その人自身に他ならないからです。

 

そして、起きている事象をどのように感じ、どんな気分でいるか。

そのことで自分の見つめている世界は一変します。

 

先ほど、季節という分かりやすいことで書きましたが、すべての物事に対しても解釈で自分自身が見ている世界が変わります。

 

 

あなたが、良い気分を感じることに素直に身を任せてみてください。

あなたが、良い気分になれないことから、出来る限り焦点をずらしてみてください。

 

量子物理学の世界でもはや真実として言われている、宇宙の誕生も、なんらかの“意識”から生まれたそうです。

現実化、物質化する前に必ず意識があるということです。

 

日々の生活の中で、どのような気分を自分自身が選択するかで、あなたの世界が変わる。

ならば、自分自身が心地良いと感じる“意識”となれることが、その行動が自身にとっては正しい。

 

それが本当の意味での倫理や道徳につながります。

そうでないものは、形だけの規範や道徳、倫理に過ぎません。

道徳や倫理と言った言葉が不適切に感じられるならば、

 

内なる自分自身の真実と向き合う、いとなみであるとお伝えします。

それは、一般常識、道徳観で推し量るものではないということです。

 

 

「永遠に約束された幸せ」を獲得することは不可能です。

あるのは、

「今そこにある幸せな瞬間」を感じられる自分が在るだけ。

 

幸せは、獲得できるものではなく、それを感じられる瞬間や状態を創り出せる、自分を高めることしか出来ません。

 

何かに、悩んだり、迷ったり、葛藤をしているときは、自分を大切にすること。

誤解を恐れずに言えば、良い意味で自己中心になることが大切だと思います。

 

他の誰も与えてくれないと嘆くよりも、自分が自分自身を愛することから始めてみると人生は好転していきます。

 

日々、少しでもいい気分で暮らす。

つらい、苦しいことからは、早めに手を引く(笑)

 

 

自分が喜びを感じられることを発見出来る、その状態が訪れたら、じっくり幸せを味わう。

 

物質世界で生きているうちに、どれだけの体験が出来るか。

未知の毎日を生きるからこそ、尊く面白いのではないでしょうか。

 

 

木村大『ニュー・シネマ・パラダイス』/DAI KIMURA 『Nuovo Cinema Paradiso』

 

世界中がHappyでありますように